2025.02.22

カシミヤ山羊と、大喜利

A unique conclusion about cashmere goats

四年程前になる。新宿伊勢丹でのイベントに際して企画したのが、このカシミヤの強撚糸という風変わりな糸である。
当時の担当者から与えられたお題は「百貨店の場」を意識してデザインをしてほしいというものであった。老若男女および国外からの訪日客で賑わう百貨店であるからして、誰しもが頷く素材がよい。そして、NAHYATでは未だ取り扱ってない素材となると「カシミヤでいきましょう」という結論に至るまでさほど時間はかからなかった。しかし、ここからどんな編み目でもって驚いてもらおうと考えるのが僕の仕事である。

カシミヤは、基本的にきもちいい。
品質のクラスはあれど、絨毯用に採取された粗いものでさえやはり羊毛とは似て非なる肌触りなのだから上を見たらキリがない。それほどに突出した柔らかさを備えているのだ。しかし、誰しもが知っているからこそ、この繊維に潜む期待値も高い。大胆に品質を裏切るような糸作りをすれば「これ、ほんとうにカシミヤなの?」などと怪訝な顔で詰問されてしまうかもしれないし、かといって小心的な態度で施した細工などその特異ともいえる柔らかな風合いに埋没してしまうのだ。
大喜利でスベる芸人をテレビで眺めながら「むうう、ぼくもおもしろい答えをださなければならない。」などと妙な焦りと緊張感に連夜苛まされながら悩み抜いたわけだけれど、最終的に行き着いたのは強撚というシンプルな技法であった。

強撚とは「強く撚る」。字面そのままに糸を通常よりも多く捻り、肌離れのよい爽やかなタッチと副産物として糸の耐久性を高める効果を生む。シャリっとした布地を触ったことがある方は、それを想像してもらうといい。この技法は綿や化繊、梳毛のサマーウールなどに用いられることも多く希少な技法というわけではないが、対象がカシミヤというところにおもしろさがある。強撚することでできあがったのは、保温性に優れながらも毛羽が適度に抑えられた豊かな表情をもつ編み地であった。

さて、専門用語を書き連ねるよりも、まずは編み地をご覧いただきたい。

といいつつ、すこし専門的な話。当初は、1/26と1/20の異番手の組み合わせや、数種類の番手など、下撚り上撚りでの撚り回数を調整しつつ様々なパターンを試みたが、最終的に2/20というプレーンな番手に至った。この端番手でないということも嬉しいところ。変わった具材ではなく、ダシだけでおいしい味噌汁をつくれた時と似た気持ち。度目に関しても絶妙な加減があり、きつく編みすぎるとこの歪んだ編み目は消えてしまう。

先ずは「目面」つまりは編み目の表情だが、編み方はもっとも基本的な天竺編み。(N-119のみ畦編み)
わずかに歪んだ編み目、形成された芯と表出した毛羽のバランス。たしかに人為的であるのに有機的な糸の様。こういう生きた目に森羅万象の理を感じて僕は恍惚とするのだけれど、共感していただけるだろうか。

次いで経年の変化もすばらしい。

  • これは4年ほど着用されたものだが、一度も毛玉の処理をしていない状態である。
    天然繊維に限るが、毛玉については柔らかな繊維ほど生じやすく質のいい繊維の証左でもあるからできないことを是とするわけではない。糸を強く捻るという撚糸のひと工夫で、ここまで摩耗されてもなお毛玉が形成されない特性に至るという原理に感動するのである。

カシミヤはむずかしい。当時も今も同じ気持ちを抱く。
しかし、荒涼とした山岳地帯で身を守るために育んだ毛をいただく申し訳なさと、試作とともにふくらむコスト、迫り来る納期から目を背けながらも邁進することで得られた発見は、時間を経てもなお魅力的に映った。もはや僕の手などとっくに離れ、カシミヤ山羊の仕事といえる。それが嬉しい。
当時のイベントはコロナ流行下の只中でなかなか多くの方にご覧いただけなかったこと、経年の変化があまりに優れていたことから今回は晴れて再登場となる。当時の担当の方が今でも愛用していることも大きな励みとなった。
そんな歴史を含んだ糸で作られたのが、8th season N-117、N-118、N-119である。拙文とともにご笑覧いただければ幸いである。

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本日から東京は馬喰横山にて受注会がはじまります。
ぜひお立ち寄りください。

【会期4 東京】 2/22 (土) ~2/24 (月)
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〒103-0003 東京都中央区日本橋横山町4-10 大原第5ビル 3FA 4FA
OPEN 12:00-19:00

※ 入場制限なく自由にご覧いただけます。